武家屋敷の資料館で見た古地図によると、角館の近くにある湖は「八郎小潟」とあり、男鹿半島の付け根にあるのが「八郎大潟」、鳥海山の麓にあるのが「象潟」となっていた。昔は田沢湖のことをそのように呼んでいたということかなとググってみたが、それらしい記述は見付からなかった。ただ江戸時代までは「田沢潟」で通っていたようで、いずれにせよ山の中の深い湖でも「潟」と呼ばれていたのは確かなようである。辰子像のある辺りの地名が「潟尻」というのにも頷ける。さらに調べてみると、辰子伝説の一つに、八郎潟の八郎が田沢湖の辰子を頻繁に訪れたため、前者はだんだん浅くなり後者はだんだん深くなった、というのがあるらしい。ということは2つの湖を結び付けるような呼び方があっても、不思議ではなかったということかな。
秋田県といえば、平成の大合併で自治体名がかなり大きく変わっている。角館、大曲、象潟、鷹巣は現在、仙北、大仙、にかほ、北秋田という市にそれぞれなっている。これを把握するまでは、秋田県内のピンポイント天気予報も、どこを見たらいいのかよく分からなくて苦労した。