2005/04/17(日)

南大東島は北大東島よりも大きいので、今日は心して掛からねば(?)ということで、昨日よりも早い時間に宿を出る。今日借りた自転車はハンドルのグリップが柔らかくなっているので、掌が痛くならずに済みそう。集落を抜け、まずは気象台を目指す。南大東島がどこにあるか、なかなかぴんと来ない人でも、台風情報にしばしば登場するのは記憶にあるはず:大型の台風XX号は現在、南大東島の東海上を北上中です~その観測を行っているのがここ、南大東島地方気象台なのである。3階建ての新しい建物で、周囲にあるのは職員宿舎なのかな。

集落から海の方に向かう道路をしばらく走ると、途中でいかにも廃線跡という感じの細い道と交差する。この幅、この雰囲気、間違いなくその昔サトウキビを運んでいたシュガートレインの廃線跡なのだろう。車は入って来ないし、カーブや勾配もこちらの方が緩やかなので、そのまま廃線跡を辿ることにした。海の近くまで来たところで一旦道を外れて塩谷海岸へ。この島も北大東と同様、坂を下って海辺に出ることになる。ここも荒々しい崖と、青い海が対照的。

遊歩道となっている廃線跡に戻って、海沿いに北に向かう。道の両側には松並木が続く。道が尽きたところで西港。南大東の初上陸地点はここになるが、現在でも主要な港として機能しているため、北大東とは雰囲気がかなり異なる。坂を登って上陸記念碑の傍を通り、今度は「幕上一周線」を辿る。島の中心部の窪みは直径約3キロで、その縁取る崖を「幕」と書いて実は「はぐ」と読むらしい。「幕上」は幅約1キロあるので、島全体としては少し縦長なドーナツのような形、といったところかな。なるべく坂を上り下りしなくて済むように、今日も幕上一周線を先に回ることにしたが、途中でちょっと寄り道して少し内側に入る。

星野洞

島の名所で見逃したくなかったのが星野洞。サンゴ由来の石灰岩で構成される島なので、地下には鍾乳洞がある。機内誌の最新情報によると、公開時間が手元のガイドブックよりも短くなっていたので、ここを訪れる時間を優先して今日の予定を立てたのである。受付で入場料を払い、懐中電灯を借りて、少し離れた場所にある入口の鍵を開けて貰ったら、いざ洞内へ。コンクリートのトンネルを下って、2枚目のドアを開けるとそこは鍾乳洞。照明に浮かび上がった石柱と石筍がずらりと並ぶ。もの凄い湿度で、じっとしているだけでも汗ばんでくる。洞内の通路は左右に分かれていて、先に広い空間のある左側に続く階段を下りて、突き当たりまで進む。ストロボを炊いても、きっと手前側しか写らないから、フラッシュなしで撮影してみようかな。といってもカメラを固定する場所が丸い手摺りしかないから、ブレてしまうのだろうけど。階段を上り下りして今度は右側へ。こちらはあまり広くないが、印象的な石柱の間を底まで降りる。以前訪れた山口の秋芳洞に比べると当然規模は小さいが、この空間に今自分一人しかいないという感慨と同時に、たとえ足を滑らせて怪我をしても助けはなかなか来ないという緊張感。内部を一通り見学して湿気に耐えかね外に出ると、かなり涼しく感じる。

バリバリ岩

幕上一周線に戻って、建設中の南大東漁港経由で北港に立ち寄ると、昨日いた北大東島が水平線に横たわっているのが見える。少しだけ内陸に入って、幕の縁から盆地状になっている島の中心部を見下ろしてから、次の目的地「バリバリ岩」を目指す。北港への分かれ道からすぐのところに標識があったので、未舗装の道を降りてゆくと、こんどは藪の中を指す看板が。結構奥まったところにあるんだな~と歩いていくと、幅1メートルの道の両側が切り立った崖になったかと思えば、今度は岩に穿ったトンネルに刻まれた階段を降りてゆく。う~ん、どこまで続いているのだろうと訝しみながらもさらに進むと、岩壁の間の亀裂のような空間に辿り着く。その奥が洞窟になっていて行き止まりのようだ。ちょうど撮影に来ていた地元の人がいて、戦時中は敵機観測所として使われていたのだと教えて頂く。そして正午前後のこの時間帯が、日が差し込むため撮影に一番良いのだとか。確かに足元まで光が届き、崖の間に育つ緑も鮮やかに見える。といっても光と影のコントラストが強すぎるので、露出の調整が難しそう。

再び一周線を辿り、空港の滑走路に沿って走り、海辺に出て「海軍棒プール」を見下ろす広場に到着。海軍が作った棒状のプールという意味かと思いきや、海軍が測量用に立てた標識(海軍棒)の近くに作られたプール、ということだった。塩谷海岸にあったプールと同様、岩を四角形にくりぬいたプールは、青い水を湛えている。打ち寄せる波を被り、魚も中に入って来るのだそうな。この辺りの植物群は天然記念物に指定されているということで、数ある固有種の中でも代表的なボロジノニシキソウを探してみるが、そう簡単には見付からないようだ。道中他にも固有種を目にしているのかもしれないが、特徴的な花でも咲かない限り、それと気付くことは出来なさそうである。

島の南側まで回ってくると、日の丸山展望台が見えてくる。最高地点の上に建てられているので、全景を見渡すことが出来るようになっている。機内誌には確か“独特の地形のため、展望台に上っても海は見えない”と書いてあったはずだが、島の縁の向こう側に少しだけでもちゃんと見えてるやん。記憶違いか記述が誇張でないならば、たまたま訪れていた日は視界が悪かったということなのだろうか(^^;

最南端の亀池港から眺めるのが、今回島から見る最後の海になる。沖大東島はさすがに見えないかな。幕を越えて島中心部に戻り、店で買った軽食で遅めの昼にしてから、観光を続ける。午後の部は昨日と同じく幕の下を回ることになるが、こちらの島の方が広いので、時間までに戻れるよう気を付けないと。

マングローブ

小中学校を通り過ぎ、大東神社のあたりに来たはずだが見付からない。あれ~道を間違えたのかなぁ。あまり探し回っている時間もないので、途中で諦めて北に進み続ける。道沿いに小さな池を幾つか垣間見ながらさらに走って、大池の観察デッキへ。実はこの池が沖縄県下で最大の淡水湖になるらしい。島の特殊な成立事情を反映して、本来は汽水域にしか育たないはずのマングローブが、池の岸に群落を作っているのが非常に珍しい。通常は海岸近くに分布するアダンも、ここではまとまって生育している。道は一旦池から離れるが、北側から回り込むと池観察展望台に辿り着く。木の階段を上って3階のウッドデッキから、静かな池を見渡す。岸にはところどころオヒルギ(マングローブ)が確認出来る。カヤツリグサの群落や、ビロウの高木もある。

帰りは散在する池の間を縫うように進み、サトウキビ畑の間を走り、旧南大東空港の跡地を訪れる。現在の空港は島の東端にあるが、以前はど真ん中に位置していた。ターミナルビルの建物はラム酒工場に変わり、滑走路のあった場所に「島まるごと館」やゲートボール場が出来ていたが、滑走路の路面が一部残されていた。南大東島では2番目に大きい瓢箪池の岸を通って中心部に戻り、本日最後の目的地である「ふるさと文化センター」へ。建物の中には入植以来百年の歴史を物語る文物が展示されていて、生活道具のみならず開拓時代以来の写真や、独自の金券まである。戦前は精糖会社が島を管理していて、終戦直後にようやく村制が施行されたのだとか。屋外にはシュガートレインに使用されていた機関車、客車、貨車も展示されていた。センターが面している道も、どうやら廃線跡のようだ。すぐ近くの宿に戻り、空港まで送ってもらう。

金曜日の南大東経由那覇ゆきの便は満席だったようだが、昨日の北大東からの便も今日の那覇行きの便も、搭乗率は半分くらい。乗客としては空いている方が有難いんだけどね(^^; 離陸して旋回すると右手に北大東島が見えたので、窓から2つの島に別れを告げる。帰りはずっと雲の下だったので、そこかしこが白波立つ島影一つない海を見下ろしながらの飛行。

南大東から機内に持ち込んだ荷物を那覇で預け、夕食を済ませて土産を買ってから羽田ゆきに搭乗。空港で買った紫芋パイを機内で夜食代わりに。ずっと飛行機と自転車に乗りっぱなしの3日間だったが、天気にも恵まれ、憧れの島々を堪能することが出来た。国内で憧れの地といえば、あとは小笠原諸島だが、大東諸島よりもぐっと難易度が高くなるから、行けるのは一体いつになることやら。