目が覚めてしばらくすると朝食の時間。折角なので、シリアルとホットミールの両方を貰っておこう。成田を出てから約9時間、定刻よりも少し早くクライストチャーチ(Christchurch)に到着。南島最大の空港は小雨模様。勿論ここで降りてニュージーランドに入国することも可能なのだが、経由便扱いなので北島のオークランド(Auckland)まで国際線として乗り続けることが出来る。ただしその場合でも身の回りの荷物(上の棚に収納したものを除く)を持って一旦降機しなくてはならない。今回の最初の目的地はオークランドだったので、一旦飛行機を降りて保安検査を受けてから、国際線ロビーに進む。次の搭乗案内までの約1時間あったが、こういう時もラウンジが使えるのが有難い。
クライストチャーチ出発はほぼ定刻通り。同じ機材で同じ座席番号だったが、乗客の一部と乗務員は入れ替わっていた。約1時間の国内線でもビジネスクラス扱いなので、昼食が供される。オークランド到着もほぼ定刻通り。日本や米国と同じく国際線最初の到着空港で入国することになるので、入国審査の後手荷物を受け取り税関に進む。農業国ゆえ動植物は勿論、食品のチェックがかなり厳しくなっている。到着ロビーに出て国内線乗継ぎカウンターに行ったら、順番待ちの行列が出来ていた。最低乗継時間(MCT)は満たしていたものの、乗継ぎにあまり余裕がないので少し不安である。搭乗手続き自体は成田で済ませてあるので、置いて行かれることはないだろうけれど、と思っているうちに順番が回って来て、出発1時間前に手荷物を預けて新しい搭乗券を受け取る。国際線と国内線のターミナルは1キロ近く離れていいるので、無料シャトルバスに乗って移動。保安検査場を通って、搭乗待合室に到着したのが出発の40分前。国内線ラウンジで一息ついてから、搭乗ゲートに向かう。ニュージーランド航空も国内線は紙の搭乗券が廃止されていて、印刷されたバーコードか携帯電話のICをかざすことになっている。ただしANAとは違ってバーコードは1次元である。
南島経由で北島のオークランドに来たというのに、再び南島ゆきの飛行機に乗るとはこれいかに。成田からクイーンズタウン(Queenstown)に向かうのであれば、クライストチャーチで入国して国内線に乗り継ぐのが便利に決まっているのだが、最初に特典航空券の予約を入れた時には、オークランドに3日間だけ滞在するつもりだったのである。その後それでは勿体ないと旅程を延ばし、それなら他の街も訪れようと国内線エアパスの予約もしたのだが、特典航空券の日付の変更は出来ても区間の変更はルール上出来なかったので、やむなく変則的な旅程となった訳である。国内線区間はエコノミークラスなので、機内サービスはクッキーまたはクリスプに紅茶またはコーヒー。右側に座ったので窓の外はずっとタスマン海(Tasman Sea)が続いていたが、到着前に南島の海岸線が見え始めたかと思えば、万年雪を頂くサザンアルプス(Southern Alps)が現れ、その間に氷河湖が青々とした水をたたえている。雲一つない快晴で、大小の湖を取り囲む山々は険しく、高度を下げてゆく飛行機からの眺めは雄大である。山肌の一部がオレンジ色に染まっているのは、以前スコットランドで見たのと同じようなエニシダではないだろうか。
クイーンズタウン空港(Queenstown Airport)に到着し、タラップを降りて小ぢんまりしたターミナルまで歩く。荷物を受け取ってから建物を出て、バス停を探してコネクタ・バス(Connecta Bus)を待つ。最初にやって来たのが反対方向のバスで、2番目に来たクイーンズタウンゆきに乗車。ショッピングセンターを経由して湖岸を走り、約20分で街の中心部に到着。バス停から少し歩いて湖岸のホテルにチェックイン。既に夕方とも言える時間になっていたが、外はまだまだ明るいしそれ程疲れてもいなかったので、部屋で少し休んでから宿を出る。こちらは紫外線がかなり強いらしいので、日焼け止めを塗るのも忘れずに。まずはすぐ近くのワカティプ湖(Lake Wakatipu)の岸辺へ。晴れ渡る空の下、山と緑に囲まれた青い湖水は「風光明媚」を絵に描いたようで、“ビクトリア女王にふさわしい”と名付けられた街の由来にも頷ける。
湖岸を少し歩いてTSSアーンスロー号(TSS Earnslaw)の乗船券売り場で、午後6時発の切符を購入。一世紀近く前に造られた蒸気船で、観光船として今でも現役である。船内は石炭ボイラーの熱気が籠っていたので、デッキに座って移り行く景色を楽しむ。このあたりでは森林限界が迫っているのか、山肌に緑が見られるのは下の方だけである。折り返し地点に近付くと山肌が一面オレンジ色に染まっていたが、やはりエニシダのようだ。でも南半球にも自生していたっけと後で調べてみたところ、欧州から帰化したものだったようだ。約45分で対岸のカーネルズ・ホームステッド(Colonel's Homestead)に到着。昼間は牧場見学ツアーがあり、夕方のこの便に乗るとビュッフェディナーに参加可能だったのだが、それほど空腹だった訳でもなく、夜10時前に戻るというのも大変そうだったので、下船せずにそのまま引き返すことに。昼間は汗ばむような陽気だったが、時間が経つにつれ湖を渡る風が急に冷たくなり、デッキに座っていると寒くなってきたので、船内のボイラーで暖を取ることにした。
街に戻ったのが午後7時半過ぎ。思ったよりも空腹になっていたが、レストランでしっかり食べる程でもなかったので、ガイドブックに載っていた英国式パブに入って、地元のエール"Tui"と一緒にソーセージと豆とマッシュポテトのセットを注文。宿の近くの岸辺から見ると湖は南西側となるため、ちょうど今頃の太陽が沈む方向である。折角晴れているのだから夕日を眺めようかと思ったが、午後8時半でもまだ日が沈みそうにない。クイーンズタウンは緯度が45度と北海道並みに高い上、夏時間なのでなかなか暗くならないのである。仕方がないので一旦部屋に戻って、窓の外の光が少し翳り始めた頃を見計らって出直したが、それでもまだ少し時間が掛かり、ようやく山の切れ目に太陽が姿を隠したのは、午後9時半のことだった。
そろそろ寝床に入っても良い時間であったが、南半球に来たからには南の星空を見ない訳にはいかない。明日もこれほどまでに晴れているかどうか分からないので、今夜が絶好のチャンスかもしれない。とはいえこの調子だと、星が見えるほど暗くなるまであとどのくらい掛かるのだろう。初日からあまり無理をしてもいけないしと、とりあえず宿に戻ってシャワーを浴びて、どうしようかなと窓から外を見たら星がかなりはっきり見えていたので、再び宿を出て夜の湖岸に立つ。日本から「天文年鑑」を持参していたが、南半球で参考になるのは全天星図のみで、しかも上下は北半球と逆になる。それでも事前にこう見えるのではないかというのを頭の中でシミュレートしていたので、まず最初に東の空にオリオン座を見付ける。見慣れた形ではあるが小三ツ星が上にあるということは逆さまになっている訳で、確かに赤いベテルギウスが右下に来ている。天頂近くに見えている明るい星はりゅうこつ座α星のカノープスで、リゲルとシリウスで大きな三角形を作っているようである。カノープスは北半球では地平近くで見辛いため、この星を見ると長生きするという伝説があるぐらいだが、南半球ではいとも簡単に見えるようである。目を南に転じると、程なく上下逆となった南十字星を見付ける。南天には「にせ十字」という紛らわしい天体があるが、みなみじゅうじ座を指し示すケンタウルス座のα星とβ星が近くにあって、南十字自体も一番上のα星が明るくて、時計回りでβ、γ、δの順に暗くなっていっているので、間違いないだろう。南半球では太陽の動きが違う(東から昇って“北中”する)といっても、昼間にそれを実感するのは難しいが、星座は全く違うものなので南半球に来た紛れもない証拠である。初めての南天をもっと眺めていたかったが、そろそろ湯冷めしそうだったので、名残惜しく宿に戻って就寝。南島は緯度が高いせいか、夏場とはいえ最低気温は10℃近くまで下がるのである。